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  • ゴダールも敬愛したB級映画の巨匠サミュエル・フラー 少ない予算でもおもしろい映画を作る演出

映画監督の「サミュエル・フラー」と聞いてピンとくる人はほとんどいないであろう。ただ、反逆の映画作家と畏怖されるヌーヴェルヴァーグの巨人「ジャン=リュック・ゴダール」が敬愛し、『気狂いピエロ』に出演している、聞くと少し興味を持ってもらえるのではないだろうか?

フラーの映画哲学は『気狂いピエロ』で彼自身の言葉として語った「映画は戦場のようなものだ。映画の中には愛があり...憎しみがあり...アクションがあり...暴力がある。そして死も。つまり感動だ」に凝縮される。

ただ、本記事では彼の映画哲学ではなく、B級映画の巨匠としてフラーの演出がいかに巧みであったかを、映画『最前線物語』を題材に深掘りしてみたいと思う。

※B級映画とは1930年代のアメリカで始まった短期間の撮影、低予算で、上映時間も限定されたなかで製作された映画のこと。大作映画の残りもののセットなどを活用して作られた

B級映画にして戦争映画の頂点『最前線物語』

頂点という言葉には異論のある方も多いであろうが、私にとって戦争映画の頂点は『空軍大戦略』でも『』でも『633爆撃隊』でも『西部戦線異状なし』でもない。サミュエル・フラーの『最前線物語』である。

大作映画のような派手な演出はないが、ゆえにサミュエル・フラーの映画監督としての演出には舌を巻く。

U-NEXT 「最前線物語」イメージ写真

出典:U-NEXT

『最前線物語』には「これぞサミュエル・フラー!」という、彼のB級映画ならではの手腕が思う存分に発揮されたシーンがあるのでふたつ紹介したい。

ひとつ目は連合軍が砂漠の鬼将軍と恐れられたドイツの名将「ロンメル」に翻弄され、小部隊で大戦車部隊を迎え打つカセリン峠での戦いだ。

物語の主人公5名が所属するアメリカ軍の第1歩兵師団(通称:ビッグ・レッド・ワン)の面々は穴を掘って戦車部隊をやり過ごそうと潜んでいる。彼らの目にうつるのは四方八方から押し寄せるドイツ軍の大戦車部隊。結果的に彼らは持ち場を放棄して逃げることを選択することになり、師団を率いる軍曹が負傷することになるのだが。

このシーンをよくよく見ると、大戦車部隊と言われているにも関わらず、戦車は2両しか登場しない。しかし映画を観ていると大戦車部隊に確かに見える。映画を観るのではなく、戦車を数えることに集中すると2両しか登場しないことがわかるのだが、映画を観ていてそんなことはしないし気がつかない。

少ない予算の中で多くの戦車を用意することはできなくても、カメラアングル、戦車を中心とした行軍の見せ方ひとつで大戦車部隊に見える。これこそ演出と言えるサミュエル・フラー・マジックである。

ふたつめはD-デイ1944年6月6日の「ノルマンディー上陸作戦」の演出だ。

ノルマンディー上陸作戦は連合軍が展開した史上最大の上陸作戦。戦闘艦1213隻、上陸用舟艇4126隻、補助艦864隻、商船864隻、合計6939隻、19万5700人の水兵が上陸作戦に参加し、アメリカ軍5万7500人、イギリス軍とカナダ軍7万5215人を含む、13万2715人がノルマンディーの5つの海岸をめざした。

ノルマンディーでの戦い(6月6日〜25日)における死傷者は、連合軍、ドイツ軍合わせて約42万5000人。第二次世界大戦の流れを変えた大規模な戦闘だった。

この大作戦を低予算の『最前線物語』でどのように見せたか? サミュエル・フラーは血に染まっていく海水でその苛烈さを表現した。効果的な爆発で戦闘シーンに迫力を出し、戦闘中に倒れた兵士の腕時計の時間の経過とともにオマハ・ビーチの海水が段々と血に染まっていく。

こちらのシーンもよく見ると登場する戦艦は1隻のみ。さらによくよく見ると戦艦のサイズも小さい。他の映画内のノルマンディー上陸作戦で必ずと言って良いほど使われる上陸用舟艇もない。それでも大規模作戦に見えるから不思議だ。戦争映画の歴史に残る名シーンと言っても過言ではない。

このようにB級映画の巨匠たるサミュエル・フラーのエッセンスが詰め込まれた『最前線物語』は、最初から最後まで全シーンでフラーの類まれなる演出力が冴え渡っている。

もっと紹介したいが映画を観る楽しみを奪ってしまうことになるので、ここまでにしておくが「お金をかけなくても、こんな素晴らしい映画が作れるんだ」と感心してもらえると思うので、ぜひ実際に作品を観てほしい。

映画通の友人がいれば「サミュエル・フラーは知っているか?」という質問から「あのゴダールも敬愛した監督なんだ」と言えば、さぞかし会話が盛り上がることだろう。それもまた映画の楽しみ方のひとつである。

近年はCGを使ったアニメみたいな戦争映画が増えてしまった。時代の流れと言えばそれまでだが、古き良き映画の世界にサミュエル・フラーをきっかけに浸ってみる。そんな人生も良いのではないだろうか。

サミュエル・フラーとは?

本名 サミュエル・フラー(Samuel Fuller)
生年月日 1912年8月12日
没年月日 1997年10月30日(85歳没)
出生地 アメリカ合衆国 マサチューセッツ州ウースター
来歴 第二次世界大戦に参加し北アフリカ戦線からヨーロッパでの激しい戦いを経験。『最前線物語」はフラーの自叙伝とも言える
エピソード 監督デビュー作の『地獄への挑戦』はわずか10日間で撮影を終えている
評価 フランスでは特に高く評価され、映画人からの尊敬もあつい。ゴダール、ヴェンダース、ファスビンダー、スコセッシなど名だたる監督が賛辞を贈る
代表作
  • 1949年『地獄への挑戦』で監督デビュー
  • 1951年『鬼軍曹ザック』
  • 1963年『ショック集団』
  • 1969年『ザ・シャーク』
  • 1980年『最前線物語』
  • 1982年『ホワイト・ドッグ』
  • 1989年『ストリート・オブ・ノーリターン』