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  • 何もかもが上手くいかない…そんな夜に 御上先生の「考えて」その問いがくれる静かな希望

「考えて」御上先生はそうやって生徒たちに問いかけ考えさせる。

突き放すようにも聞こえるその言葉が、生徒たちに「自ら考え、答えを導き出す」ことの大切さを教えていく。

答えの出ない問いを抱え苦しんだことはないだろうか?

考えつづけることは苦しい。

「戦争は正しい?」

論理的に正しくないことは言える。人を殺める戦争は不幸である。だから「正しくない」と。

だけど、そこに愛する人を脅かす侵略者がいたら? 守るために戦うことは果たして「正しくない」と言い切れるだろうか。

人生にはこういった答えの出ない無数の問いが散らばっている。

「努力は必ず報われるのか?」

「努力すれば夢は叶う」と信じたい。実際、努力が結果につながることは多いし、成功者の多くは並々ならぬ努力をしてきた。だから「努力は報われる」と。

だけど、どれだけ努力しても叶わないこともある。生まれた環境、運、不条理な社会、そして才能。努力だけでは超えられない壁があることを、私たちは知っている。

では、それでも努力を続けるべきなのか? それとも、報われないと感じたら別の道を選ぶべきなのか?

こんな苦しい問いにも御上先生はきっとこう問いかけるだろう。

「考えて」

そして、こう続けるに違いない。

「君の出した答えの先に日本のより良い未来がきっとあるはず。私はそう信じたい」と。

ドラマ『御上先生』は考えるために立ち止まる勇気をくれる。

そして、その問いがくれる静かな希望も。

迷い、苦しみ、生きるのがつらいと感じた時。

「考える」ことは、あなたの未来を照らす光となる。

この作品を観た後にあなたはどんな答えを出すだろう? どんな一歩を踏み出すだろう?

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考える力はどこから生まれるのか?

私たちはいつ、どうやって「考える力」を身につけているのだろう?

学校で知識を学ぶことは大切だが、それだけでは「自分の意見を持ち、表現し、他者と対話する力」は育たない。情報があふれる時代だからこそ、自分で情報を見極め、問いを立て、考えを深める「思考力」はこれまで以上に重要視される。

その鍵となるのが、批判的思考(クリティカルシンキング)や論理的思考と呼ばれる力だ。

批判的思考・論理的思考とは?

批判的思考(クリティカルシンキング)とは情報や意見をうのみにせず、事実や根拠に基づいて分析・評価し、自分の考えを構築する力のこと。感情に流されず、思い込みを外して「本当にそうなのか?」と問い直す姿勢ともいえる。

たとえば、「努力すれば夢は叶う」という言葉があったときに、
・それはどんな事例に基づいているのか?
・努力だけではどうにもならない場合はあるのか?
・自分の場合はどうだろうか?
……と、自分の頭で「考え直す」ことが批判的思考だ。

一方、論理的思考は物事を筋道立てて整理し、矛盾なく伝える力。自分の主張を明確にし、根拠を示し、相手に伝わるように言葉にする力は社会に出てからも欠かせない。

教育現場で注目される「思考力」

この「思考力」は世界中で注目されている教育テーマだ。

OECD(経済協力開発機構)が行っている国際的な学力調査「PISA(Programme for International Student Assessment)」では、従来の暗記型の知識ではなく、「読解力=思考力・判断力・表現力」を重視している。

PISAにおける読解力とは、文章や情報を正しく読み取り、それを他の知識と関連づけて理解し、自分の考えとして活用する力。

つまり、「文章を読む」だけでなく、「問いを立て、意味を見出し、意見を持つこと」こそが現代の「読解力」とされている。

日本では学習指導要領の改訂でも「主体的・対話的で深い学び」が掲げられ、ただ答えを知るのではなく、自分で考える授業が広がりつつある。

ただ、個人的に懸念に感じるのは「主体的・対話的で深い学び」とはいったい何なのか? 
教育委員会→教育する側→生徒との間で「主体的・対話的で深い学び」の意味について、しっかりとコンセンサスが取れているのかは気になるところだ。

子どもたちに「問い」を与える

「考える力」を育てる先進的な取り組みのひとつが、子ども哲学(P4C=Philosophy for Children)だ。

これはアメリカの哲学者マシュー・リップマンによって提唱された教育法で、「子どもたち自身が問いを立て、自由に対話を通して思索を深める」ことを目的としている。

たとえば、こんな問いから授業が始まる。

「友達とケンカをしたら、どうやって仲直りする?」 「ウソをつくことは、いつでも悪いこと?」

先生は答えを教えない。むしろ、子どもたちの疑問や気づきを尊重しながら、問いを深めるサポートをする。「考えることそのもの」に価値を見出す時間だ。

日本でも一部の小中学校でP4Cを取り入れた授業が行われており、自己表現や他者理解の力を伸ばす実践として注目を集めている。

ここで筆者から自分も含めて問いを投げかけたい。
「あなたは考えることそのものに価値を置いていますか?」
ちょっと意地悪に問いかけると
「考えさせられて時間の無駄と思うことはありませんか?」

もしも、考えることの価値を蔑ろにしているのならば、今一度立ち止まって「自分は何にそんなに追われているのか?」もセットで考えてみると良いだろう。

そしてあなたを追いかけるそれは10年後も大切となる何かだろうか?

思考力は「誰かに教わる」ものでなく「ともに育てる」もの

私たちは、「答え」を知って満足する時代から、「問い」を持ち思索を深める力が求められる時代に生きている。

大人も子どもも正解のない問いに向き合うことで、人間としての深みが増していく。それはとても苦しく、不安になることもある。でも、そこからこそ「本当の自分」が見えてくる。

御上先生のように問いを与え、考えることの価値を信じ続けてくれる存在が、いま必要とされているのかもしれない。

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「自分なりの答え」が人生に与える影響

「自分で考えて、自分で決める」

当たり前のようでいて、実はとても難しいことかもしれません。だからこそ、自分で選び取った答えには、他人から与えられたどんな正解よりも、強い納得と力が宿ります。

その「自分の中の納得」が、人生の満足感、モチベーション、そして困難を乗り越える力にどうつながるのか。心理学や若者の意識調査から見ていきましょう。

自己決定理論とは?

アメリカの心理学者エドワード・デシによって提唱された自己決定理論は、人がよりよく生き、意欲的に行動するためには、3つの基本的な欲求が満たされる必要があるとしています。

3つの基本的欲求とは
・自律性:自分の意志で選び、行動していると感じられること
・有能感:自分にはできるという感覚、成長を実感できること
・関係性:人とのつながり、社会の中に自分の居場所を感じられること

この理論では、外から与えられた報酬や罰ではなく、自分の内側から湧き上がる「内発的動機づけ」こそが、長続きする意欲や満足感につながるとされています。

つまり自分で考え、自分で納得して選んだ道は、それだけで人を前向きにし、困難に立ち向かう勇気と力を育てるのです。

自分で決めた答えがレジリエンス(回復力)を生む

人生は思い通りにならないことの連続です。努力しても報われないとき、期待が裏切られたとき、誰かに責められたとき。そんな時、何が自分を支えるのでしょうか?

答えは「自分なりに考え抜いた経験」だと言われています。

人は外から与えられた選択肢に従っただけだと、困難にぶつかったときに他責的になりがちです。「親が言ったから」「社会がそうだったから」「会社がそう決めたから」「上司がそう言ったから」と。

一方で、自分の頭で考えて自分の意志で選んだ道であれば、たとえうまくいかなくても、「もう一度立ち上がってみよう」と思えるのです。

このような「立ち直る力」「しなやかさ」は、心理学ではレジリエンスと呼ばれ、近年とくに注目されています。自分の納得感が回復力を育てるのです。

考えた分だけ、自分になれる

御上先生の「考えて」という言葉は、誰かに頼らず「自分の中にある声」を信じてごらん、というメッセージなのかもしれません。

人は正解を知っているから強くなるのではなく、「考え抜いた経験」があるから強くなれるのです。

人生のどこかで迷ったときも、自分で出した答えなら、納得できる。後悔しない

「考える」ことは自分を守り、自分を信じる力につながる。そう信じています。

考えることは苦しい、それでも…

「考えることには、痛みがある」

これは決して大げさな表現ではありません。
人は何かを真剣に考えるとき、必ず「自分の内面」と向き合うことになります。自分の弱さ、矛盾、逃げたい現実……それらと正面から対峙するのは、容易ではありません。

しかし、それでも私たちは考える。いや、考え続けなければならない。
なぜなら、考えることこそが自分を見失わずに生きていく唯一の手段だからです。

答えの出ない問いに向き合うつらさ

人生には「答えのない問い」が無数に存在します。

・戦争は絶対悪なのか?
・努力は必ず報われるのか?
・誰かを助けるために、誰かを犠牲にすることは正しいのか?

こうした問いに、簡単な正解はありません。答えようとすればするほど、迷い、立ち止まり、苦しくなる。ときには、自分の信じていた価値観が揺らぐことすらあります。

考えることは、孤独な旅でもあります。
それでも自分なりに向き合い続けることが、自分らしく、そして人間らしく生きることにつながるのです。

歴史上の思想家も答えのない問いと生きた

考えることの苦しさと尊さを体現してきた人物は、歴史上にも数多くいます。

ソクラテス(紀元前5世紀・古代ギリシャ)
「無知の知」で知られる哲学者ソクラテスは、相手に問いを投げかけ、対話によって真理を探ろうとしました。

「善とは何か」「正義とは何か」と、あらゆることに問いを重ね続けた彼は、最後には国家から「若者を惑わせた」として死刑の判決が下ります。
しかし、ソクラテスは逃げることもできたのにも関わらず「考えることを放棄することこそが悪である」として、死を受け入れたのです。

ハンナ・アーレント(20世紀・ドイツ)
ナチス政権下のドイツで迫害を受け、フランスやアメリカへ亡命したユダヤ系哲学者。
彼女はナチスの戦犯アイヒマンの裁判を通じて「思考の欠如がいかに恐ろしい結果をもたらすか」を警告しました。

「考えることをやめた人間は、悪を“当たり前”として受け入れてしまう。だからこそ、問い続けることが、人間の尊厳を守る行為なのだ」と、アーレントは訴えます。

苦しくても、考え続けることの意味

「考える」という行為は、何かを学ぶことよりもずっと時間がかかり、非効率に見えるかもしれません。
ですが、自分で問いを立て、葛藤しながらも導いた答えには、他の誰にも代われない「生きた意味」が宿るのです。

大切なのは、不都合な問いから逃げないこと。自分の内面と対話し続けること。

それが、他人の価値観に流されず、「自分の人生を自分で歩いていく力」につながります。

AIと共生する時代に「考える人間」であるために

今、テクノロジーが私たちの暮らしを大きく変えつつあります。
AIが会話をし、機械が文章を生成し、アルゴリズムが人の行動を予測する。便利で効率的な社会の中で、私たちはふと考えることがあります。

「では、人間にしかできないことって、何だろう?」と。

テクノロジーの進化と「考えること」の意味

AIやロボットは膨大なデータを処理し、高速で最適解を導き出すことに長けています。
しかし、それは「決まった問い」に対しての話です。

AIはまだ「問いを立てる」ことはできません

なぜなら、問いを立てるには、

・文脈を読む力
・感情や倫理を伴った想像力
・「なぜそれを問うべきなのか?」という意味づけ
……といった、単なる情報処理を超えた人間ならではの力が必要だからです。

つまり、「考える力」=「問いをつくり、意味を考える力」こそが、これからの時代に人間に最も求められる能力なのです。

経産省も注目する「考え抜く力」の重要性

実際、日本政府もこの課題を認識し始めています。

経済産業省『人生100年時代の社会人基礎力』では、以下の力が強調されています
課題発見力:現状を分析し目的や課題を明らかにする力
計画力  :課題の解決に向けたプロセスを明らかにし準備する力
創造力  :新しい価値を生み出す力
出典:経済産業省

このように、従来の知識やスキルだけでは不十分で、論理的に答えを出すこと以上に、自ら課題提起し、解決のためのシナリオを描く、自律的な思考力が求められています。

考える力は「未来をつくる力」

「問いを立てる力」はイノベーションの原点でもあります。
社会の常識に疑問を持ち、「本当にこれでいいのか?」と考えることが、新しい価値や仕組みを生み出します。

・環境問題に対して「このまま資源を使い続けていいのか?」
・社会福祉に対して「誰もが幸せに生きられる制度とは何か?」
・テクノロジーに対して「人間らしさとはどこにあるのか?」

こうした問いを投げかけられる人が、未来をつくっていきます。

「考えることをやめない」──AI時代の人間らしさ

AIが進化すればするほど、私たち人間に求められるのは、「人間らしい思索の力」です。

それは感情を持ち、矛盾を抱えながらも、意味を求めて考え続けること。

御上先生の問いかけは、まさにそうした「問いを育てる」営みそのものです。

「君は、どう思うの?」
「僕に教えてほしい? 違うでしょ」

誰かに決められた未来ではなく、自分の問いから始まる未来を生きるために──私たちは「考えること」を手放してはいけないのです。

「考えること」は未来を照らす光になる

私たちはつい「正解」を探してしまいます。
なぜなら、正解があれば迷わなくて済むし、安心できるから。

けれど、人生には正解のない問いがいくつもあります。

—— この仕事を続けるべきか。
—— 自分の夢は誰のためのものか。
—— 何が「正しい」のか。

そうした問いに向き合うことは、時に苦しく、孤独でもあります。
それでも私たちは考える。それは、「自分で生きる」という覚悟の表れだからです。

あなたの中にある問いは、あなたにしか育てられません。
すぐに出る答えほど、実は浅いものかもしれません。

迷っているあなた。悩んでいるあなた。
その時間は、きっと未来のどこかで光に変わります。

最後に、ひとつだけ問いかけさせてください。

—— あなたは今、何を考えていますか?
その問いを、誰かの言葉で埋めるのではなく、あなた自身の言葉で向き合ってみてください。

「考えること」は、自分に対する誠実さ。
そしてその姿勢こそが、あなたの未来を照らす静かな光になるのです。

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