「幼い頃、わたしは悪魔に捧げられた──」。

1980年代、北米を大きく揺るがした1冊の書籍『ミシェル・リメンバーズ』。幼少期の悪魔的儀式による虐待被害を告白したその内容は、人々の恐怖を煽り、“サタニック・パニック”(※1)と呼ばれる社会現象へと発展していきます。

映画『サタンがおまえを待っている』は、この事件の真相や社会現象を、その渦中にあった人々への取材を通して明らかにしていくドキュメンタリー映画です。

本作を共同監督されたスティーブ・J・アダムス監督とショーン・ホーラー監督に、題材との出会いから取材の裏側、そして制作に込めた想いについてお話を伺いました。


※1「サタニック・パニック」とは
(タップすると開きます)
1980〜90年代のアメリカで、「幼少期に悪魔崇拝による虐待を受けた」という告発が相次ぎ、社会に恐怖と噂が広がった事象のこと。証拠がないまま多くの人が虐待に関与したと疑われ、メディアや司法まで巻き込んだ集団ヒステリーとされている。

映画制作背景はショーン監督の故郷にあった

──はじめに、「サタニック・パニック」という題材に興味を持たれたきっかけは何でしょうか。監督の過去作には今作と近いテーマの作品が見られなかったため、どのような経緯で本作の着想に至ったのか気になりました。

スティーブ監督

2018年に書籍『ミシェル・リメンバーズ』と出会ったことがきっかけでした。

当時は別の企画を進めていたのですが、その過程で、僕たちの出身地であるカナダのブリティッシュコロンビア州に関連する影響力のある書籍をリサーチしていました。

リサーチャーが約100冊分の書籍リストを出してくれたのですが、そのリストの真ん中あたりに『ミシェル・リメンバーズ』がありました。僕は表紙を見てもピンとこなかったのですが、ショーンは本を一目見て「ああ、これね」と反応して、そこから今回の企画が動き始めました。

──ショーン監督が「これだ」と感じた理由、どのような点に引っかかったのでしょうか?

ショーン監督

実は僕が育ったバンクーバーのビクトリアには、著者のカップルが住んでいたんです。その本の出版や、ミシェルさんが幼少期に誘拐されたという話は町中で知られていました。

当時ビクトリアは観光地として有名で、とても美しい町だったため、そんな“影”のような出来事があるとは思われていませんでした。

本の出版後、「子どもが攫われて殺される」「血を飲む儀式がある」「下町にある店には祭壇があって、誘拐されたら生贄にされるかもしれない」などと噂が流れていました。そういった空気を、1980年代に僕自身が経験して知っていたんです。

映画『サタンがおまえを待っている』場面写真

出典元:映画『サタンがおまえを待っている』公式

原題『SATAN WANTS YOU』の意味

──本作の原題『SATAN WANTS YOU』には、どのような意味が込められているのでしょうか。映画を観終えて、単なる悪魔の存在だけでなく、より深いメッセージを示唆しているように感じました。

スティーブ監督

いくつかの意味が込められています。まず、単純にフックです。英語で読むとショッキングで、「これは何だろう?」とお客さんを引きつける効果があります。

二つ目は、ミシェルさんが「自分は悪魔に求められた」と本気で信じていたことを表現したいと思いました。

また、「何か間違った行動をすれば自分も連れ去られてしまうのではないか」「カルトに入れられるのではないか」など、いろんなことを想起させるようなタイトルでいいなと思い選びました。

──なるほど、ありがとうございます。個人的な解釈ですが、「今でも条件さえ重なれば起こりうる現象だからこそ、いつでも悪魔が手招きしているよ」というメッセージなのかなと思いました。

スティーブ監督

的を射たいい解釈ですね〜!良いと思います!

インタビューを通して気づいた当時のジャーナリズム

*以下映画本編のネタバレを含みます。

──インタビュー対象者の選び方で、意識されたことはありますか? ミシェルさん側・精神科医のローレンスさん側、どちらか一方に偏らずバランスよく取材されていて、誰かを悪者に仕立てないような意識を感じました。

スティーブ監督

そう言っていただけて、とても嬉しいです。まさに意図して設計した部分でした。インタビュー対象の立場とそのバランスは特に気を配った点です。

インタビューの対象者を選ぶ際、まずはご家族にアプローチしました。ミシェルさんとローレンスさんは『ミシェル・リメンバーズ』の発売後、全米ツアーを行っていましたが、彼らの話が「本当なのか?」と、ご家族に取材したメディアは一つもなかったそうです。だからこそ、ご家族のご家族の声を届けられる場やプラットフォームを用意したいと思っていました。

また、以前この作品を著名なポッドキャスターであり『ミシェル・リメンバーズ』のエキスパートと言える方、サラ・マーシャルさんに観ていただきました。その時、彼女から「70〜80年代を扱ったドキュメンタリーで、40〜50代の女性がこんなにも多く登場する作品は見たことがない」と言っていただきました。その言葉を聞いて、ハッとさせられると同時に、とても嬉しく感じました。

今回インタビューを行ったのは、これまで自身の考えを問われたことのなかった方々ばかりです。当時、「サタニストだ!」「虐待をした!」などと疑われた女性たちは多くいましたが、公の場で自分の言葉で語る機会は、ほとんど与えられていませんでした。

──そういった背景があったのですね。ご家族に真偽を尋ねる取材が一度もなかったなんて、正直驚きました。

スティーブ監督

当時の80年代のジャーナリズムのあり方が、そうだったということなのかもしれませんね。

映画『サタンがおまえを待っている』場面写真

出典元:映画『サタンがおまえを待っている』公式

──ご家族以外の方々は、どのように選ばれたのでしょうか?

スティーブ監督

「サタニック・パニック」に深く関わった人物たちを中心に選びました。

たとえばFBIの捜査官は、当時からずっと事件を追い続けていた方です。彼はこうした事象に対して「どのような視点を持つべきか」を示す、リーダー的な立場にありました。

また、サタン教会のリーダーの方、記憶の専門家であるロフタス博士など、当時の事件と強く結びつきのある方々にも出演をお願いしました。

特にローレンスさんの娘さんを取材する際にはかなり苦労しましたが、何度か連絡を重ねた結果、最終的に出演を了承してくださいました。

映画『サタンがおまえを待っている』場面写真

出典元:映画『サタンがおまえを待っている』公式

80年代当時のホラー作品を意識した映像作り

──映像面や演出上でこだわった点があれば教えてください。これまで観てきたドキュメンタリー作品と比べても、映像の美しさが際立っており、カット割りやフォントの使い分けなど細やかな演出が印象的でした。

スティーブ監督

僕たちは、70〜80年代のホラー映画っぽさを取り入れつつ、同時に“観て美しいもの”にしたいと思っていたので、そう感じていただけてとても嬉しいです!

こだわった点のひとつが、ロケーションです。インタビューを受ける方にふさわしい場所、話の内容に合った空間を探すため、かなり丁寧にロケハンを重ねました。

また、劇中で使用されるフォントは実際に『ミシェル・リメンバーズ』の中で使用されていたものをお借りしています。可能な限りあの時代の雰囲気や要素を反映させたいと考えていました。

ショーン監督

ビジュアルを気に入ってくださって嬉しいです。

1980年代の『People』誌に、セラピーの部屋で過ごすふたりの写真が1枚だけ載っていました。その雰囲気を参考に、劇中の再現シーンもできる限り忠実に作ろうと考えました。たとえばクッションは、当時の雰囲気に近づけるため手縫いで制作しています。

──ありがとうございます。個人的には、最後の「録音機を切る」という形で終わる演出が、とてもクールで印象に残りました。

スティーブ監督

ありがとうございます。その少し前に、上下逆さまになった十字架が回っている絵が出てきますよね。その後、実際のテープの中でミシェルさんが「何が本当か分からない」と語る場面で、音声をカットしました。

あのエンディングは、僕らとしては観客の方に「これは本当に真実だったのか、それとも嘘なのか」と自問してほしいという思いで作りました。

映画『サタンがおまえを待っている』場面写真

出典元:映画『サタンがおまえを待っている』公式

抗議のデモ隊まできた? 制作時の苦労

──制作することへ反対や抗議の声はありましたか?内容がセンシティブであるため、苦労があったのではないかと感じました。

スティーブ監督

ありました。

まず、ミシェルさんご本人がご存命でしたので、ぜひ参加してほしかったのですが、残念ながら断られてしまいました。彼女自身の視点からのお話を伺いたかったのですが、参加はしたくないと。ミシェルさんのお姉さんもご家族も「過去の出来事とは距離を置きたい」とおっしゃっていました。

ただ、唯一妹さんだけが参加してくださいました。驚いたことに、これまで取材されたことがなかったそうです。

──そうだったのですね。妹さんが出演されたからこそ、それまであまり知られてこなかったご家族の苦労が垣間見えたように思います。そのほか、制作の過程で反発や迷いなど、印象に残っている出来事はありましたか?

スティーブ監督

僕らにとって印象的だったのは、アメリカのシアトルで上映した時に、ボードを持って抗議をしているデモ隊がいたことです。

僕らはアメリカで上映するとき、いつも少しばかり不安があります。もちろんこの物語を「なんだこの不条理なばかげた話は」と鼻で笑うこともできますが、実際に信じている人もいて、被害にあった方、冤罪を受けた方もいます。

抗議者の中には、僕たち自身が悪魔崇拝の一員だと信じている陰謀論者もいました。今の世界ってなんだか変ですよね。

──そんなことがあったのですね......「今の」という流れでお伺いしたいのですが、AIやSNSの進化によって、再び「サタニック・パニック」のような集団心理による事件が起こる可能性はあると感じています。こうした技術は、どのようにその傾向を加速させるとお考えですか?

スティーブ監督

おっしゃる通りだと思います。AIやSNSの進化はどんどん加速していますよね。

TikTokやInstagramのショート動画を見ていて、「これ、本物?」と二度見してしまうことがあります。結果的に何も信じられなくなっている自分がいる。

アルゴリズムによって似た系統の情報ばかりが流れてくるため、ますます混乱が深まっているように感じます。

ショーン監督

全く同感です。ちなみに本日、別の取材では政治についても話題となり、政治の世界から見たこうした新技術の捉え方についても話が挙がっていました。

今の時代って、ひとつの「事実」を全員が信じるということが失われつつあります。社会としてそれがどんな意味を持つのか、この状況を誰が変えていくのか、どんな規制や法律が必要なのか、それすらも分からないことが現状だと思います。

──おっしゃる通りだと感じます。政治や選挙の場面では、直近でもSNSによる煽動や炎上が目立っており、この映画を観て改めて影響の大きさを実感しています。

映画『サタンがおまえを待っている』が問いかけるもの

日本では「サタニック・パニック」や「悪魔崇拝」という言葉に現実味を持つ人は多くありません。そのため、本作を最初は“遠い国の、特殊なお話”として受け取る方もいるかもしれません。ですが本作が描くのは、「嘘」が十分な数の人に信じられたとき、その「嘘」が“真実”のように振る舞い始めるという恐ろしさです。

SNSやフェイクニュースに囲まれた現代の日本にも、こうした構造は確かに存在しています。本作はその危うさに気づき、向き合うための視点を与えてくれる作品です。

原題 Satan Wants You
監督 スティーヴ・J・アダムズ、ショーン・ホーラー
製作年 2023年
上映時間 90分
製作国 カナダ
提供 キングレコード
配給 ポニーキャニオン
公開日 2025年8月8日よりヒューマントラスト渋谷ほかロードショー
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